東アジア・エクスペリメンタル・コンペティション

「選ばれましたよ」
「え、わたし!?」

実験映画の世界、紹介します

イメージフォーラムフェスティバルとは

はいみなさんこんばんは。今回はイメージフォーラムフェスティバル2020、東アジア・エクスペリメンタル・コンペティション(以下、東アジアコンペ)の作品群について話していきたいと思います。

イメージフォーラムフェスティバルは、シアターイメージフォーラムが年に一度開催している映画祭です。その歴史は長く、イメージフォーラムが映画館業務に着手する前から催されています。当時、実験映画は8mmフィルムが主流で、実験映画=8mm映画というイメージが根強いですが、現在ではやはりデジタル作品が多く見受けられます。

東アジアコンペは、日本を含む東アジア諸国から作品を募り、選出しています。つまり、現在の東アジアにおける個人映画シーンを一望できるわけです。

普段私たちが映画館で観ている、映画会社が製作している大掛かりなものとは一風異なりますが、自主制作の映画というのも、たまには悪くないですよ。今回はコンペティションの作品に一言ずつコメントしていきたいと思います。

個人でも映画は作れる

Aプログラム

『TSUKURIME』(20 JAPAN) TEJIMA Ayako
失明の危機に恐怖しながらも、制限される生活の中で、前向きに趣味を見つけ、生きて行く、その経過をセルフドキュメンタリー調に展開してゆく作品。失明という主題を扱いながら、表現にも趣向を凝らしていました。とても怖かったです。

『震える壁』(19 TAIWAN) TSENG Yu Chin
酒盛りの後だろうか、乱立したビール瓶と、折り重なって雑魚寝する若い男女が見える。固定カメラで撮影されており、目を覚ました男女が抱擁を始める。一言で言うなら、若気の至り、もしくは堕落といったところか。作者がこの作品に何を込めているのか、正直なところ、あまりピンとこなかったです。

『差異と反復とコーヒー』(20 JAPAN) KUDO Masa
喫茶店の中をカメラがぐるぐると回る鉛筆作画アニメーション。素朴なタッチでありながら、1コンセプトを貫く姿勢が作品に現れており、強度を感じます。癒されました。

『生きる壁』(20 JAPAN) KEITA Kurosaka
鉛筆によるドローイングアニメーションですが、その画質は圧倒的。流木のような物体が、呻くように軋んでいます。挿入され、重ねられるのは抽象的なドローイング。鉛筆の荒波が次から次へと視覚を襲います。目で視る音楽、そんな感じです。

『盗賊にも仁義あり』(19 CHINA) MA Lanhua
明王朝末期の中国。四人の盗賊をテーマに繰り広げられる50分のサイレント映画。役者の動きに懐かしさを覚えました。サイレント故に動きでストーリーを説明せねばならず、マイムのようになったからでしょう。チャップリンやキートンを例に出すまでもなく、サイレント映画にはマイムの動きを取り入れたものもありますので。いや、懐かしい。

Bプログラム

『細胞とガラス』(20 JAPAN) YUKI Hayasi ×CiRA
臓器移植手術を受けたガラス工芸作家が、友人からコップの制作を依頼され、原材料に指定された窓ガラスへと、思いを巡らせる作品。IPS細胞の研究員とコラボで、自身のナレーションと抽象的な映像で展開されます。あの映像体験を言葉で説明するのは難しいのですが、なかなか見たことない映像になっていたと思います。

『MENTHOL』(19 KOREA) YU Chat
目が覚めると神の声が聞こえ、タバコを買ってくるように言われる。銘柄を聞くのを忘れたが、自分と同じメンソールでよかっただろうか……。神にお使いを頼まれ、タバコのパシリに行かされるという超展開。続きが気になる~、なんで3分しかないんだ笑。この作品はたった3分で物語に引き込んでおきながら、半端なところで放り出される、本当に勿体無い作品です。

『DOGHEAD』(20 JAPAN) TAKENOSITA Momo
サイケデリックな作画&CGアニメーション。いわゆる「わかりやすく狂っている」作品。正直よくあるタイプだとは思いました。ただ、展開の仕方に無駄がなく、分数も過不足がありません。せっかく面白いのに短すぎる作品や、後に紹介する明らかに長すぎる作品も散見する中、Bプログラムでは異彩を放っていました。

『延辺の少女』(19 CHINA) WANG HONG
中国東北部の朝鮮族出身の作者が、この作品で映画祭に入って成功するぞ!と意気込み、自身や母親にカメラを向けた日記映画調の作品。とりあえずカメラを回せば動画が撮れてしまう実写の特性を、本作は存分に生かしています。ただそれも前半までで、正直、後半部分はだらだらと長く感じました。オフライン編集を詰め切れてないですし、音ももう少し工夫できたと思います。とはいえ、本作品がイメージフォーラム映画祭に入選したことで、作者のモチベーションも多少持ち直したようです。映画祭が作家に及ぼす影響力の重大さを再確認いたしました。やはり、映画祭は必要です。

Cプログラム

『ウォン・ピンの寓話2』(19 HONG KONG) WONG Ping
サイケな色彩に、昔のゲームを彷彿とさせるCGで語られる、残酷な現代香港寓話。富豪になった肥満牛の話と、頭が3つあるウサギの兄弟の話など、何を読んだらこんな話を思いつくのでしょうか。打倒イソップと謳っておりましたが、全力で応援いたします。

『柄杓』(19 HONG KONG) KUAN Cheuk Wai
ドローンによる空撮で全編1カットぶっ通し撮影。淡々とした緊張感のある映像は、ときに観る者を夢の世界へと誘う。

『いちご飴』(20 CHINA) LI Nianze
前の作品が眠すぎて、目が醒めると終わっていました。他の機会でお目にかかれましたら、その時ちゃんと書きます。

『僕と九ミリ半』(19 JAPAN) OKUYAMA Jun’ichi
奥山順一さんは日本の実験映画シーンを牽引してきたレジェンドです。その姿勢は一貫しており、フィルムや映写機、上映するという行為そのものなど、映画の根源的な部分に体当たりで挑んできたと言えるでしょう。本作は、唯一扱っていなかった9.5mmフィルムと、壊れた9.5mm映写機に対するドキュメント。内容が、あまりにフィルムの素材特化なため、フィルムや映写機を扱ったことがない方には、あまりピンとこないかもしれません。かく言う私も半分くらいしかわかりません……。いや、それ以上かも。

『13』(20 JAPAN) ISOBE Sinya
一番楽しみにしていたのに、完璧に寝てしまった作品。そしてこの作品がグランプリを取ったらしい。

Dプログラム

『赤い玉がない!』(20 JAPAN) YAMAGUTI Kenta
自身と家族、友人が出演して寸劇を繰り広げる、まさに教科書的な個人映画と言えるでしょう。ここで変にドラマをやろうとせず、ある意味不可思議な展開に持っていったのが、本作を成功させています。70年代の実験映画は、とにかく「脱ぐ」ことが流行していました(『おでかけ日記』以降ですね)。『桃色ベビーオイル』などは有名な例ですが、脱ぐのは不思議と女性が多く、男性は怖がってあまり脱がなかったと聞きます。本作では作者の男性が脱ぐため、それだけで「珍しい」と感じてしまいます。

『毛』(19 JAPAN) YAMAMOTO Sho
オーカー調の色鉛筆アニメーション。信心深い母とともに暮らす、神を信じない画家の物語。冴えない人生を送る彼に、とうとう春が訪れる。17分と短い分数ながら、ドラマがしっかりと完結しており、好感が持てます。こういう作品は最後までやり通すのが本当に難しく、完成させただけでノーベル賞ものだと思います。お疲れ様でした。

『答えのない電話』(19 KOREA) LEE Seunn
現代アート感のある抽象的なアニメーション。どうしたらこういうイメージを思いつくのでしょうか。自身の描く絵画作品や、過去に作りっぱなしにしたキャラクターを元に作ったらしいのですが、シュールレアリスムを想起させます。作者はチェコで学んだらしいので、アニメーションの本場で影響を受けたのかもしれません。めちゃくちゃ面白かった。

『白露』(19 CHINA) CHEN Xi,AN Xu
男が女の部屋に忍び込み言い寄るが、窓の外に美女を発見し、美女を追いかけて部屋に忍び込む。ところが、窓の外に美女を発見し……。チェン・シーとアン・フーの作品は過去にも見たことがあるのですが、当時はしっくりきませんでした。しかし、本作は衝撃を受けました。2人の作品をなんども観て、やっと腑に落ちた感があります。古典小説の挿絵のような絵柄に、繰り返される展開。本当に美しいです。東アジアコンペの作品中、最も好きな作品です(当社比)。

『11.565キロ・プロジェクト』(19 CHINA) ZHANG Zeichen
ペンシルベニア大学考古学人類学博物館で展示されていた石棺が、故郷で発掘された物だったことを受け、米国から中国へ、流通の源流を辿る壮大な旅が始まる。着眼点は良かったのですが、地理的な距離の移動や、時間の経過(現代から古代)を、もっと体感的に感じられるような映像に仕上がって欲しかったですね。映像を並列に繋げるだけでなく、1シーン1カットのような、見せ場となる1カットを挿入できると、さらに親切だった気がします。

Eプログラム

『ピンク・マオ』(20 CHINA) TANG Han
毛沢東の百元紙幣は本当に赤色か。そんな素朴な疑問から、毛沢東というイメージが、どのように使われ、変遷していったのかを探るドキュメンタリー。中国でこれを作るのは、相当勇気が必要だと思います。分数も過不足なく、映像表現も多様で無駄がなく、文句なしの作品です。評価しない理由がありません。

『I AM NOT HERE』(19 JAPAN) KURIO
アメリカの雑誌の切り抜きで作られた映像作品。いわゆる「狂っている」作品はいくらでもありますが、本作は別格というか、突き抜けています。ここまで徹底できるのは単純に尊敬できます。

『無住の地』(20 TAIWAN)TSENG Yu Chin
夜の街灯に浮かび上がる白い蛾、閑静な住宅街に背中を向けて佇む若い男女。そんな感じのイメージが淡々と並列されています。徹頭徹尾そんな感じです。いわゆる「写真家が作ったような映像」。作者の美意識が徹底されているのは良いのですが、映像的な時間による展開がもう少しあってもいいのでは?と思わずにはいられません。

『トシ シ』(20 JAPAN) OKI Hiroyuki
日本の実験映画界では有名な大木裕之氏の新作。元々は札幌の500メートル美術館で展示した物を、コンペに提出したようです。彼の作品は、どちらかといえば「考えるな、感じるんだ」の精神で、あまり深く意味を考えずに、楽しんで観た方が有意義なのではないでしょうか。札幌で撮影されているので、景色が懐かしく、久しぶりに帰郷したくなりました。

『風景』(20 HONG KONG) IP Yuk=Yiu
香港の2014年から19年までをつれづれなるままに撮影した、いわゆる日記映画。ナレーションもなく、カットも並列で淡々としていますが、音が一貫しており、作品に統一感があります。静かな映像もあれば、海や人混みなど、動きのある映像もあり、不思議と飽きません。編集に相当時間をかけないとこうはならないと思います。本コンペティションにも日記映画の手法を使った作品は散見しますが、本作は非常にシンプルで、鑑賞に耐えうる作品です。

Fプログラム

『妊娠した木とトッケビ』(19 KOREA) KIM Dongryung.PARK Kyoungtae
米軍基地が取り壊されようとしている街で暮らす、元米軍慰安婦のパク・インスンにインタビューを開始する。ところが彼女は老齢で、記憶もはっきりせず、一般的なドキュメンタリーを撮るのは、もはや困難になっていた。20年来の付き合いをする中で、客観性も担保できなくなっていく。行き詰まっていた時、彼女が描いていた死神のような絵から着想を得る。パク・インスンの「ドキュメンタリー」は、あれよあれよと言う間に、「物語」へと昇華されてゆく。
デリケートなテーマを扱っているのに、フィクションの要素を加えて大丈夫なのかな、と心配になりました。中盤から雲行き怪しくなり(おや、普通のドキュメンタリーじゃないぞ)、最後にはなにやら物語が完結し、映画を一本観終わった感に包まれます。ヘンテコな作品ですが、結構面白くて、最後まで飽きずに観ることができました。115分あっても大丈夫。

おわりに

はい、ということでイメージフォーラムフェスティバル2020、コンペティションの紹介でした。

今回の記事はだいぶ長くなってしまって……、ここまで読んで下さり、ありがとうございました(全部書くとか言っちゃったから、後に退けなくなったのよ)。こんなの、作品を一本仕上げる苦労に比べたら、あってないようなもんだけど。

上映中、疲れて寝てしまった作品に関しては、本当に申し訳ないです。次の機会にちゃんと紹介致します。

それではまた次回お会いしましょう。またね、バイバイ。

著者
こねこ座

こねこ座

映像作家。個人でアニメーションを制作する傍ら、ご機嫌な映画紹介ブログの管理人をしている。

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