【映画】貧困に喘ぐアーサーは、母親の介護をしながら、コメディアンを目指していた。優しい男が狂気のジョーカーに変貌した理由とは。

高倉健より不器用なダークヒーロー

ネタバレ注意報

皆さま、いかがお過ごしだったでしょうか。
大型台風もあり、ここ数週間ほどバタバタしておりましたね。個人的には、フリーランスの仕事にかかりきりでした。

さて、話題の『ジョーカー』です。本作にはネタバレ注意の伏線が随所にあります。その辺りはできるだけ避けますが、ご容赦ください。それでは、始めていきたいと思います。

アーサーは、本当は、◯◯◯◯◯! 笑

……言ってしまいました。全部、ぶちまけてしまった。

誰でもジョーカーになれる

舞台は80年代のアメリカ、財政難のゴッサムシティ。
アーサー・フレックは奇病を患いながらも、大道芸人のピエロとして働き、母親ペニーの介護もしていた。彼はその仕事を気に入っていたが、ひょんなことから仕事をクビになってしまい、頼みのカウンセリングも市の方針で打ち切られてしまう。
一方実業家のトーマス・ウェインは出世し、市長の座に昇り詰めようとしていた。ペニーはなぜかトーマスに執心しており、彼なら必ず街を救ってくれると言い張るものの、貧富の格差は埋まらない。
アーサーはコメディアンを目指していたが、その道は厳しく、持病も相まって成功は困難を極める。そんな時、アーサーがネタを披露している映像が、お笑い番組の司会者マレーの目に留まり、「フランクリン・ショー」に招待されることになる。もちろん快諾するアーサーだったが……。

80年代のアメリカが舞台の本作ですが、驚くほど現代に似ていると感じました。
アーサーは、言うなれば社会のはみ出し者です。コメディアン志望で、大道芸人をしていますし、持病のためにカウンセリングにも通っています。母親の介護もしなくてはいけないので、身動きが取れない状況です。

そんなアーサーに対する世間の視線は冷たく、福祉などは真っ先に削減されてしまう。アーサーのような人間が死体で転がっていたとしても、大したニュースにはならないのに、高価なスーツを着た証券マンが殺されると、世間は同情し大変な騒ぎになります。

これはもう、革命を起こすしかないでしょう!

悲劇は喜劇? 喜劇は悲劇?

アーサーの人生は、とても恵まれた人生とは言い難いものです。
彼自身、「今までコメディアンを目指してきたが、自分の人生は悲劇だと思っていた」というような旨を語っています。ところが、そのあとに彼はこう続けます。「悲劇だと思っていた。だが実際は喜劇だった」と。

その台詞を聞いて、はたと気付きました。そういえば、本作にはコメディ的な表現が随所に見られます。

ここで具体例を挙げるとネタバレになるので書きませんが、お笑い番組でもよく見かける典型的な演出が、シリアスな悲劇を描くスパイスとして使われているのです。本作は容赦ない描写がこれでもかと登場し、R15指定されております。アーサーの悲劇的な人生を、喜劇として描くなんて、もう絶望です。

もしかすると、これが監督のブラックユーモアかもしれません。
いや、そうに違いない!

(以下、経歴)
トッド・フィリップス【監督・共同脚本・製作】
ニューヨーク大学芸術学部で映画制作について学ぶ。
学生の頃にドキュメンタリー作家としてキャリアをスタート。
2000年 アイヴァン・ライトマン製作総指揮下で、コメディ映画『ロード・トリップ』を監督。
2009年 ブラッドリー・クーパー主演作『ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』を監督。ゴールデングローブ賞 映画部門 作品賞 (ミュージカル・コメディ部門)受賞。
2019年 『ジョーカー』が第76回ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞。

おわり

経歴を見ると、ドキュメンタリーから出発し、コメディ作品を多く手がけた人物のようです。『ジョーカー』のようにシリアスな作品の方が異例なのでしょうか。

しかしながら、本作に登場するホアキン・フェニックスのダンスや、正直”笑えない”ブラックユーモアなど、コメディ出身だからこその表現なのかもしれません。また、従来のアメコミ映画のようなド派手なCGとアクションではなく、ニューシネマのような雰囲気で、キャラクター主導で物語を動かしてゆく構成にしたのも、彼の作品経歴を知ると頷けます。

巷では「ジョーカーに感情移入するか、ドン引きするか」というような議論がなされているようです。

どう考えるかは観客それぞれだろうとは思いますが、私は胸がスッとしました。
それでは、また次回。

著者
杉本直樹

杉本直樹

笑いは世界を救うという信念の元、映画ブログとホラーアニメーションを制作中(なんでだよ笑)! 

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